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宅建士のお仕事シリーズvol③では、賃借人が賃貸物件を退去する際の立ち合い業務についてです。賃貸借契約修了時における『敷金』や『原状回復』のトラブルが絶えないとされる退去立ち合いは、賃貸物件の管理会社や、賃貸不動産仲介業者に勤務した場合、重要な業務内容のひとつです。
今回は、賃貸物件の退去の立ち合いに同行したときの実体験を交えながら、賃借人側の立場からみた退去時の賃貸管理会社のお仕事をリポートしたいと思います。
賃貸マンションの退去に立ち会うことになった経緯
先日友人から『マンションを出ることになったんだけど、ちょっと契約書を見てほしい。』との連絡がありました。
詳しく話を聞いてみると、16年間住んでいたマンションを出る事になった友人が、退去の立会いの日に備え改めて契約書を確認してみたところ、『退去時の修繕費用の部分の内容が、複雑でよくわからないから相談に乗ってほしい。』とのことでした。
友人曰く、居住していたマンションは敷金ゼロ物件なので、退去の時は全額実費であるとの理解は出来ているが、『高額な原状回復費用を請求されたらどうしよう』『不正なリフォーム代金の請求だったとしても自分で判断ができない』との不安があり、どうしても賃借人側のサポートとして、一緒に立ち会って欲しい!ということになったのです。
事前に契約書の内容をじっくり確認
退去日までの日数に余裕がありましたので、契約書のコピーをもらい、じっくりと目を通しました。
友人が住んでいたマンションは3DKのファミリータイプ、敷金ゼロ物件で、入居時に家主に預かってもらっているお金はありません。すなわち退去の時の原状回復費用は『実費』という契約の元、友人は16年間そのマンションに居住していました。
当時交わした契約書には、賃貸借契約が終了した場合、退去時のリフォーム代金は実費で計算するとの内容が記載されている他、居住年数によってリフォーム代金の負担割合が、項目別に非常に細かく明確に設定されている特約がつけられていました。
上記の表の様に、賃借人の故意過失による汚損・破損個所は、全額賃借人の負担となる、さらには『経年劣化』『自然損耗』によるものは賃借人に修繕義務はない。としたうえで、修繕一覧表が添付されており、損傷原因が賃貸人にあるのか賃借人にあるのか不明確な場合の負担割合が、事細かく特約として盛り込まれていました。
その細かい契約書の内容を見て心配に思った友人が、『もしかしたら何十万も請求されるかもしれない・・。』と不安がっていたのですが、契約書の内容と実際住んでいたマンションの劣化具合を見る限りでは、特に問題はなく、原状回復費用を払う必要性は無いように思いました。
退去立ち合い当日
退去立ち合い当日を迎え、友人と一緒にマンションの室内で待っていると、管理会社である不動産屋の方が時間通りに来られました。
お互い挨拶を交わしましたが、名刺を渡すようなそぶりが無かったので、とりあえず『名刺を下さい。』といいました。
その後、担当の方が賃借人がリフォーム負担をする部分はないかどうか、チェックシートを観ながら部屋を見て回ります。
壁・床・設備・窓・風呂・トイレと細かく部屋を見て回り、担当者が書類にチェックする様子をすぐそばで観察しながら、万が一費用が掛かる旨を言われても、こんな風に答えようと、念のため心の中で準備していました。
契約書には賃借人が10年以上居住している場合、クロス・クッションフロアのリフォーム代金は100%セント賃貸人が負担する旨が記載されていました。
もし、居住年数が10年以内の場合、修繕費用の負担割合が賃貸人70%賃借人30%という細かい設定の契約書です。契約書は具体的に項目に分かれていて負担の範囲が明確に記載されており、内容は特に問題ありませんでした。
契約書通りだと、友人は10年以上そのマンションに居住していたので、原状回復負担額は0円のはずです。にもかかわらず、『これはクロス代金何パーセントか負担して頂かないといけませんね。』と言い出し、クッションフロアの一部の劣化も同様の指摘を受けたのです。
そもそも契約書にも10年以上で賃貸人が100%負担する事が記載されているわけですし、国土交通省のガイドラインによればクロスやクッションフロアの減価償却は6年とされています。
入居から16年も経過しているので日焼けなどで色が黄ばんでいたりはしていましたが、大きな穴が開いていたりなどの善管注意義務違反があるようには見えません。
実際にカレンダーやポスターを貼った画鋲のあとなどはありましたが、画鋲の穴は生活の範囲内なので賃借人が負担しなくてもOKとされています。ちなみにですが釘の穴は、賃借人側に修繕義務があります。
そもそも賃貸借における原状回復の定義は、新築時や入居時の状態に戻すという事ではありません。あくまでも現在の時価において、借主の故意や過失による善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による毀損を原状に戻すという解釈です。
ということで、
- 契約書によると賃借人の負担は0%であるということ。
- クロスやクッションフロアの汚れも経年劣化や通常損耗の範囲内であること。
- クロスやクッションフロアの減価償却は6年間であること。
を管理会社に説明し、払う必要は無いはずです!ときっぱり伝えました。すると、『じゃあ、0円で大丈夫です。』となったのです。
消費生活センターへ寄せられる退去時の原状回復トラブルの相談件数が多いことがうなずける出来事でした。
ということで、今回原状回復費用は0円で済みました。その後にハウスクリーニング代金だけはどうしても払うように不動産会社から3万円を請求されましたが、契約書には10年以上住んでいる場合は賃貸人負担と記載されていたので、それも結局は0円で済みました。
友人も納得したうえでサインをして退去立ち合いは無事に終わりました。ちなみに退去の際、納得いかない場合はサインをしなくても構いません。とことん話し合って、退去費用に納得が出来ればサインすればよいのです。
無事に退去立ち合いが終了し、友人は『良かった!』と、とても喜んでいました。でも今回の事例の場合、賃借人が原状回復費用を負担しなくて良いというのは当然のことです。払う必要のないものは払わなくて良い。ただそれだけのことです。
民法改正による敷金診断士の必要性
国民生活センターPIO-NETには、賃貸住宅の敷金や原状回復などのトラブルに関する相談が、毎年1万件以上寄せられています。(2018年12月31日現在)
年度 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 |
相談 件数 | 14,236 | 13,905 | 13,208 | 8,772 |
このように毎年多くの相談が寄せられることから、2020年施行の改正民法で、敷金返還や退去時の原状回復負担額についてのルールが明文化されることになりました。
改正民法で、敷金の定義についてや、経年劣化・通常損耗によって生じた劣化については原状回復する義務はない、などの明確な規定を新たに設けたことにより、今後トラブルの相談件数は減るかと思われます。
しかし、あくまでも原状回復の規定は任意規定の為、当事者間での特約は有効です。ですので新たに敷金や原状回復についての条文が新設されたからこそ、不動産賃貸における敷金や保証金をめぐるトラブル解決を図る専門家である『敷金診断士』の必要性が、今後さらに高まってくるのではないかと予測されます。
不動産賃貸業に携わる場合、敷金の定義や性質を常に正しく理解しておく必要があります。なぜならば敷金・原状回復の趣旨や解釈が間違っていて賃貸人・賃借人双方に解釈のずれがあると、それが必ずトラブルに繋がるからです。
賃借人と賃貸人との間に立ち、原状回復や敷金における双方の認識の違いを埋め、退去時のトラブルを事前に防止するためには、入居前の契約の際に、退去時の費用の概要をしっかり説明し同意を得なければなりません。
賃貸借契約が終了して退去する際も、公平な立場で退去時の管理物件の状態をチェックするようにしましょう。
賃貸管理業に携わる方は、敷金と原状回復についてしっかりと学んだうえで、敷金診断士の資格を取得しておくことをお勧めいたします。
敷金診断士とは?詳しくは下記ページをご覧ください。
改正民法の原状回復についてのルールは任意規定
通常損耗や経年劣化は原状回復する義務はないと明文化はされたものの、賃貸借契約書に特約をつければ特約が優先されます。
賃貸人と賃借人の間で原状回復に関する特約を作った上で契約を結ぶことは契約違反ではありません。原状回復についての条文はあくまでも任意規定なのです。ですが、特約の内容に関しては、どんな内容でも有効なのかといえばそうではなく、あいまいな表記は無効になる場合があるので、契約書を作る際は注意が必要です。
例えば、『賃借人は経年劣化及び通常損耗による劣化も原状回復する義務を負う』というような書き方だけだと賃借人があまりにも不利な立場になりますので、消費者契約法に基づき無効となります。
賃貸人側は基本的な原状回復の考え方を軸に、賃借人に不利になりすぎない契約を提案し、賃借人は契約内容にどういった特約がつけられているか入居前に必ずチェックするなどして、しっかりと説明を受け納得してから、お互い合意の上で契約を取り交わすようにしましょう。
退去立ち合いをした感想まとめ
契約書にリフォーム負担が無いと書かれていたとしても、今回の様に取れるところからはリフォーム代金を取ろうとして、四の五の言ってくる不動産業者も実際に存在するのが現実です。ですが貸主と借主の間に立つ以上は不動産管理業のプロとして、法律や判例・慣習に基づいた正しい判定をして頂きたいものです
もしも知識がないまま不動産屋の言いなりになっていたとしたら、一体いくら請求されることになっていたのでしょうか。
宅建士側からの見解としては、契約前の重要事項説明書で、退去時の細かい特約などの説明をする際、心からお客様の理解と了解を得ることが出来るような、かみ砕いた分かりやすい説明を心掛けることによって、退去時のトラブルを減らすことに繋がります。
賃貸物件の退去時に、無理に原状回復費用をむしり取ろうとする行為は、明らかにトラブルの元になるので、退去時の立会いの際、賃借人に対して誠実な対応を心掛けるべきだと感じました。
今この記事を読んでおられる方が今後、宅建士の資格を取って宅建業に携わるとするならば、自社の利益ばかりを優先するのではなく、お客様の立場に立って物事を考え、お客様ファーストで仕事が出来るような、宅建士を目指して欲しいなと思いました。
今回は宅建業者側ではなく、消費者目線で宅建業のお仕事をレポートしてみました。多少辛辣な意見であったかもしれません。あくまでも一例ですのでご理解の程、宜しくお願い致します。
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